かしに行くらしかつた。自分が愛されてゐることを妖婆のやうな薄気味わるい陰鬱さで、突然ぷすんと洩らしたり、さういふあとでは笑ひともつかず、得意の表情であるともつかず、さりとて自嘲でもないやうな深い鼻皺を顔にきざんで、しばらくぼんやりしてゐるといふ話であつた。さういふ話は安川にゐたたまらない思ひをさせた。
 欲しい金ならあげるから盗つてはいけない、遠慮があつてはいけないのだから、なんでも大ぴらに言ふやうに、と安川はたまりかねて或日さとした。タツノは忽ちしやくりあげて泣きだした。私をそんな卑しい人間と思ふなら私は昔のお店へかへる、私は人の金なんか一文だつてとりはしないと言ひはるのだ。
 安川はその強情にてこづつて、敢て追求しなかつた。その代り五日に一円ぐらゐづつ、ねてゐるタツノの枕の横へそつと置いてくるのであつたが、時々金の失くなることに変りはなかつた。ひどい時には一日のうちに三度四度同じことがあるのであつた。それはもう金の必要のせゐではなかつた。盗癖だけのせゐでもなかつた。さういふことのあつた日は、安川が別段それを問題にしてもゐないのに、タツノの眼付は野獣のやうに強情な冷たい反抗をあらはし
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