粋さとは分つてゐた。その献身が自分に曾《かつ》て与へられたためしなく、愛しもしない一人の女に執拗なほどささげられてゐることを見て、松江は嫉妬に苦しむよりもむしろ優越を感じるのだ。タツノにささげる献身は愛と××の証明でなく愛もなく、××もない証明だつた。人間関係であるよりも小児と玩具の関係のやうな思ひがした。そんな惨めな関係を、自分だけは安川に拒みつづけてきたやうな思ひがして、自分に拒まれた腹いせがこのていたらくであるやうな優越感と軽蔑を感じた。自分だけが虐められてゐたからでなく、安川も自分に虐められ、復讐されてゐたのだと考へるのだ。死んでもあいつに愛されてやるものか。あの悪党を憎みとほしてやるのだ、と涙を流して心にかたく誓ふのだつた。

 タツノはひどい嘘つきだつた。それに手癖がわるかつた。ちよつとの油断で一円二円が忽ち消えてしまふのである。金がかうして失くなつた日は、タツノは自分の犯行をすつかり自白してゐるやうに、外出するのが例だつた。その間抜けさは憎めなかつた。活動を見に行くらしかつた。下駄を買つたり、半襟を買つたり、二三十銭の指輪を買つたり、さうしてそれを昔の店の朋輩達へ見せびら
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