心緒が永続する筈はありませんから、むしろ彼に逆らはずほつたらかしておいたなら、情熱のやりばに困つて悲鳴をあげてしまふでせう。さうすることが賢明です」
 遠山の説く分析が思ひあたらぬことはなかつた。否むしろ遠山の語つた程度の良人の心理は知りすぎるほど見抜いてゐる松江だつた。たとへばタツノが安川の愛の対象でないことは、安川がタツノに就て彼女に語つたそもそもの日から、語る口ぶりからだけで充分わかるのであつたし、タツノを一目見たときにそれが裏書きされてゐた。安川はタツノを愛してゐないのだ、それは松江の確信だつた。
 遠山の語る長い分析をきいてしまふと、それが全然耳新しくないばかりか、自分の方がもつとはつきり知つてゐたのに松江は始めて気がついたのだ。さうして松江はさつき広場を泣きよろめいてさまよつたことも、一途に逃げたい激しさに駆られたことも、それが良人の姦淫を憎む気持であつたことに却つて吃驚《びつくり》するのであつた。ありもしない姦淫を! それの分つた今となつても、然し憎さは変らなかつた。
「だつて安川は卑怯です。変な女をつれこむことが恋愛に無関係であるにしても、わたしをいぢめるためなんです。
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