ことしかできないほど絶望もしてゐるのです。つまり彼は、僕とて同じことですが、まづ何よりも生きる意味が分らぬといふ状態なんです。そこで彼は生きてゐる自分自身を見出すために、何事かやりださずにはゐられないと焦せるのです。それは焦慮にすぎないながら、生存の本質を賭けたもので、殆んど必死でもあれば盲目的な激情を駆り立てさせもするでせう。そのくせ彼の最もやりたいこと、やる意味もあり値打もあること、やらねばならぬこと、つまり政治や文学は、それのもつ意味や値打に対する混乱と懐疑があるために、実は最もやりにくいといふ皮肉な状態にあるのです。もともとその混乱と懐疑から、この焦躁も生れてきたわけですから。そこで彼は、さういふ彼の混乱や懐疑にてんで引つかかる筈のない凡そ愚劣であり無意味である課題だけを、それが無意味であり無価値であるためにれいれいと自分におしつけることができ、又情熱の最後の一滴まで傾注して行ふこともできるといふ奇妙な状態にあるわけなんです。彼はタツノにてんで惚れてやしませんよ。恐らく殆んど関心すらもたないでせう。不用の時には犬ころのやうに投げ棄てたつて悔いも感傷もおこらないほど無関心のタツノ
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