かしに行くらしかつた。自分が愛されてゐることを妖婆のやうな薄気味わるい陰鬱さで、突然ぷすんと洩らしたり、さういふあとでは笑ひともつかず、得意の表情であるともつかず、さりとて自嘲でもないやうな深い鼻皺を顔にきざんで、しばらくぼんやりしてゐるといふ話であつた。さういふ話は安川にゐたたまらない思ひをさせた。
 欲しい金ならあげるから盗つてはいけない、遠慮があつてはいけないのだから、なんでも大ぴらに言ふやうに、と安川はたまりかねて或日さとした。タツノは忽ちしやくりあげて泣きだした。私をそんな卑しい人間と思ふなら私は昔のお店へかへる、私は人の金なんか一文だつてとりはしないと言ひはるのだ。
 安川はその強情にてこづつて、敢て追求しなかつた。その代り五日に一円ぐらゐづつ、ねてゐるタツノの枕の横へそつと置いてくるのであつたが、時々金の失くなることに変りはなかつた。ひどい時には一日のうちに三度四度同じことがあるのであつた。それはもう金の必要のせゐではなかつた。盗癖だけのせゐでもなかつた。さういふことのあつた日は、安川が別段それを問題にしてもゐないのに、タツノの眼付は野獣のやうに強情な冷たい反抗をあらはして、むしろ安川を追ひつめるやうに不気味にせまる感じがした。安川は不思議な思ひがしたのであつた。もしやタツノの、これは不思議な好意の表現ではないだらうか、それは有りえないことではない、と。タツノには鞭のやうに強靭な、人に馴れない野性があつた。さういふタツノが人に好意を見せるとしたら、好意のしるしに人の眼を突く鳥のやうに、タツノもこんな表現をとるよりほかに仕方がないのであるまいか。
 たとへばタツノは安川の聖女に仕へるもののやうな献身を見て、もとよりその抽象的な懊悩や葛藤なぞは分る筈がないのだから、安川が自分に寄せる異常な愛慕を信じたのかも知れなかつた。さういふ見方で安川の献身的な仕えぶりをみたならば、女神に仕える神僕か女王に仕へる奴隷のやうにも見えるであらう。うぶな男がおど/\と胸の思ひも打ちあけられずに、奴隷の身分に甘んじてうるさく附きまとつてくることが、滑稽でもあり得意でもあり、またいぢらしい思ひがしたかも知れなかつた。
 かういふことがあつたのだつた。ある日タツノは安川に向つて、自分の伯父に当る人が横浜のかういふ所で大きな工場をひらいてゐる、そこへ帰れば自分は女王のやうなものだ、自
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