僕如きは眼中にない、それがひとえに娼婦的な意味で、ゆふべは特に、その感じが凄いものだつたね。直接それを表明するあの人の言葉はないんだ。全てがただ感じなんだよ。それだけに無言の肉体がやりきれない圧迫で、僕はなんべんその気配にまきこまれやうとしかけたか分らなかつたのだ。僕は一晩中のべつにサミュエル・バトラのエレホンをめくつてゐたが、牧童が酒をくすねるといふたつた一つの場景につかえたきり、どの頁をめくつてみても頭も眼も空転りをつづけてゐるのだ。僕は嘗てこんなにも強烈な無言の媚態で言ひ寄られたことはなかつたし、あの人の全ての感官が無言の肉体を通じて僕に言ひ寄つてゐたのだと確信せずにゐられなかつたよ。僕の肚の底を割ると、一人の稀代な妖婦を始めて目のあたり見た感じだつた」
淫蕩の血は私の血族に流れてはゐる、それを充分承知の上でも妹の行動は私にあまり唐突であつた。とにかく妹に会つてみるほかに仕方がない。頭の中でどのやうに解釈しても始まらなかつた。私は然し妹に会ひたい気持が全然なかつた。あいつのやりたいやうにさせるがいいさ、と私は肚に呟いてゐたのだ。家庭を逃げたがらない人間がこの世に一人とあつてなら
前へ
次へ
全125ページ中90ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
坂口 安吾 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング