感じがないし、誤魔化す隙もありやしない。それにしても料理代の十円とは吹きやがつた……
 と私は負け惜しみに肚の底でつぶやいた。私はあつさり立ち上つた。ポケットから二枚の十円紙幣を抜きだして卓子の上へおき私達は立ち去らうとした。かうして私達がまことに敗色歴然たる後姿を扉の外に消さうとした時、「秋子!」と事務家は突然鋭く呼びとめて、
「俺の子供のことに就いて、いづれお前に相談に行くぜ」
 と皮肉な言葉を浴せかけたのであつた。名将の号令もかくありなんと思はれたほどこの場の空気にぴつたりとした本格的な皮肉であつた。私は遂にかくて彼の本格的な武者振りを十二分に認めるところの仕儀となり、無残にも旗をまいて退くこととなつたのである。嗚呼! 凜然としてヂャックナイフを購《もと》めた時の武者振りは、この際諸君の記憶から洗ひ流してもらひたい。
 敗軍の将は兵を語らずといふこともあるが、無役なお喋りにはなるらしい。私は全くくだらぬことを道々秋子に話しかけた。秋子の顔色は蒼白く、私の出鱈目な饒舌に取り合ふ様子もなかつたし、私の心もそこにはなかつた。私の心のこのうらぶれたチグハグが、あの「想念」を一層はつきり思
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