たのだ。全く無言のうちに、私達は約束の支那料理店へついてゐた。すでに豪傑が待つてゐた。豪傑はこんな場所で改めて見ると、苦味走つた、落付きのある美男子だつた。
私は豪傑を見た瞬間に苦笑を洩した。甚だ虚無的である点を除けば、むしろ微笑と言ふべきであつた。さうして、私の心に浮んだ第一のことは、秋子に向けられた私の心が一層さめた思ひがしたといふことである。私は突然自分はわざわざなんて無駄なかかりあひをするのだらうと考へた。こんな風に物々しく豪傑と会見する必要はなかつたのにと思ひついて、自分の物好きを後悔し、急に逃げだしたいほど阿呆らしくなつた。その意味から、私は豪傑を凝視めるなり、いきなり顔を赧《あか》らめてしまつたのだ。然し私は落付いてゐた。ただ、なんのために秋子を連れてきたのだらうといふ疑ひが、心の奥に瀰漫《びまん》してきた。心に相当なカラクリがあるな、と私は自分に言ひきかしたのだ。突然私はなさけなかつた。
「僕はこの人と結婚することになつたのです」
と、挨拶がすむと、私はいきなり言ひはじめた。この言葉は、今迄の内省には何等の関係も聯絡もないものである。私は用意しておいたのだ。
「不服
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