向ける習慣である。以上の話から判る通り、私は常にむらだつざわめきの中に住み、小鬼に似た孤独の眼《まなこ》を光らしてゐるが、私はかかる寂寥に怖れはしないと叫んでおかう。若しも人が、又父が、妹が、当然の権利のやうに私の答へを求めるなら、私は忽ち顔を顰《しか》め、心の底では癇癪に浪立ちながら叫ぶだらう。俺は孤独だ。俺のほかの誰であつても、俺の心にきいてくれるな。ほつといてくれ!
私は路傍の冷めたい人に、浮気女のそれのやうに、温い言葉を恵んでやらう。親しい人の愛の籠つた言葉には、冷めたい眼差を伏せるばかりだ。私の心は石のやうに冷めたく、さうして、ひらかないのだ。そのうへ冷静な計測器でもある。
私は路傍の豚に対して背中を向けることもできやう。親しい友達に対しても背中を向けることができやう。肉親に対しても、亦《また》恋人に対しても背中を向けることができやう。然し同時にあらゆる人に背中を向けることができるか? 全ての甘さに頼る余地のない世界に、絶体絶命の孤独の心を横たへることができるだらうか? その予想は余りにも怖ろしい! それはこの現実に決して有り得ないばかりか、ただ予想として、可想の世界とし
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