の心は常にただ冷酷である。ただ狡猾である。(私はしかく言ひたくない。今となつても未練がましくやがて時々は訂正もしたい。)
 私は自分の行動を他によつて律せられることが厭だ。一応かういふ解釈を与へておかう。自律的な行為の限りは豚に笑顔を見せることも平気であるし(私は突然思ひ出したが、昨日の話だ、散歩の路で行き会つた山羊のメイメイの一々に、この山羊は私にひどく厚意を寄せたが、一々振向いて微笑を返さずにゐられなかつた。そればかりか、戻るに当つて、予定してゐた綺麗な路を犠牲にして、同じ野道を選ばずにゐられなくなつた。これは一つの笑ひ話にすぎないが、生憎これが年中のことだ)鴉と握手を交すことにも一向苦痛は感じないし、自尊心の傷けられた記憶もない。私は寧ろ軽い意味で愉快なのだ。かういふ私の行動が温い心の表れであるといふのなら、そして多くの人々がこの卓説に賛意を表してくれるなら、私は早速有頂天に叫んでやらう。俺こそ世界一の温い心の持ち主だぞと。呵々。私は路傍の何人とも(況んや豚に於ておや)交りを結ぶに垣根を構える卑屈な要心は用ひないが、心に染《しみ》がうつるほどの交りの深さに達すると、私は突然背中を
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