さへくると、この冷酷なまで現実的な眼光が俄かに徹底的な浪曼主義者に豹変しがちなものである。そのうへ偏見と知りつつ固執することの真剣さが、女性にあつては当然の反省すら超躍しがちだ。妹は私の秘められた思ひが人にも増して温かであると言ひふらす。生憎なことに、その解釈の感動的な快さが妹の心を虜にして、信条に近い確信にすら変つてゐるのだ。気の毒な妹よ。然しお前の考へは明らかに不遜な誤魔化しを犯してゐる。根柢的に間違ひだ。私の秘められた心は、残念乍ら温かなものではないのだ。私ですら私の心に幾度となく温かなものを誤診した、誤診しやうと努めすらした、誤診と知りつつ信じることの快さに浸り得た幼稚な然し幸福な忘れられない華やかな(ああ! 皮肉なことに、これが皮肉な用語ではない)追憶すら今も歴然と胸にあるのだ。お前の場合と事違ひ、私の場合は、呑気であつても必死であつた。肉親や人情のつながりに休む気安さはなく、あらゆる関係と存在自体の真相を摸索しつづけたつもりでさへ、誤診することの快さを逃げきることのできない時があつたのだ。私は再びそれを幸福な時代と称ばう。さて、私はこれを卒直に言ふよりほかに仕方がないが、私
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