が、私はその置時計を指して急にゲタゲタ笑ひはじめた。痺れるやうな笑ひのほかには全く言葉がでなかつた。諸君はこんな幻覚に興味を持てないに相違ない。然し私はゲタゲタ笑ひながら、時計を背負つたアトラスがうんとこどつこい肩を入れ換へた動作を認めた。まるで皺のやうなクチャクチャな笑ひの中にたたみ込まれた動作であつたが、私はそれを確かに認めたのであつた。
 ――あいつ、足を蚊にくはれたな!
 私はかう解釈すると、笑ひながら、なほゲタゲタと大笑した。全ては有り得べからざる出来事であつたが、この哄笑の瞬間にはこのことのみがパノラマのやうに有り得たのである。私は古くから、この置時計のアトラスに刻まれた放心したもののやうなグロテスクに固まりついた疲労の表情が嫌ひであつた。
「あれです! あれです! 私が一番きらひな醜怪な形は!」
 と、私は程経て漸く叫んだ。
「私はお前のポーズをきいてゐないのだ。私は打開けて語るべきではないことを、ひとりその悲しさに堪えなければならないことを、さらけだして見せてゐるのだ」
 叔父の顔は蒼白だつた。なじりながら叔父の頬は顫えたが、私は然し冷然と見流してゐた。
「私は極めて卑
前へ 次へ
全125ページ中35ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
坂口 安吾 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング