父を探した。そして叔父を食ひ入るやうにみつめながら私は突然口走りはじめた。
「あんな愚劣なよた[#「よた」に傍点]者に今後絶対に喙《くちばし》を容れさせない解決法が一つあります――」私は言葉の途中から自分の喋つてゐることが殆んど分らない状態だつた。「僕と秋子さんと結婚することにするのです。フィアンセだ。あいつが横から喙を容れる権利はもはや絶対にありやしない……」
 叔父は化石して私をみつめた。
「フィアンセといふ体裁にするだけの話ですよ」私は苦笑した。「あいつが引込んだらフィアンセの方も解消さ。そんな余興でもしなかつたら、貴方の代理で、一々あんな奴と莫迦真面目に取引してゐられますか!」
 言葉の調子と一緒に、なぜか不思議な莫迦々々しさが全身の張力を抜きとるやうにこみあげてきた。突然私の喉をつきあげて、莫迦笑ひがこみあげてきた。
「みんな余興だ。ワハヽヽヽヽ」
 私はバタンと扉をしめて、庭の芝生を横切ると、武蔵野の森をめざして散歩のために走りでた。

 その夜であつた。叔父は再びアトリヱを訪れ、そして放浪に旅立つことを言ひだしたのだ。
 ここで私は、私の心に起つた不可解な変化に就いて一言
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