しなければならない。私は武蔵野を散歩しながら、もはや人々の立ち去つたアトリヱへ戻つて、物憂い白昼をすごしながら、静かな夜をむかへながら、私の決意は然し激浪の荒々しさで秋子と私との結婚の事を追ひまはしてゐた。その一事のみを熱のこもつた痺れる頭で追ひつづけてゐたのであつた。その時の心事を一言にして言へば、私はもはや秋子なしには生きられない思ひがしたのだ。然るに叔父の訪問を受け、対談の時をすごすうちに、話が愈々秋子のことに移つた頃には、私は秋子を一途に憎み蔑んでゐる自分の心を明確に意識した。この激変には一切の理由づけが無役に見える。私に分つた唯一のことは、理性では如何とも制しきれない根強い感情の波が、ひたむきに秋子を卑しみ蔑んでゐたこと、それのみであつたのだ。結婚の意志が失はれたのは愚かなこと、秋子の肉体があの時間から淫売婦の肉体に思はれたといへば、その蔑みの激しさは他言を費す要もあるまい。試みにあの夜の出来事を思ひだしながら書いてみやう。
 叔父は私の顔を見ると、いきなり放浪に旅立つことを喚きはじめた。その話の内容から一々の効果まであまりに計算し心に期しすぎたがために、さながら喚くといふ慌
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