つめ、そのみづみづしい襟脚をむさぼるやうに眺めつづけた。その襟脚は冷めたい小さな花びらのやうに私に見えた。腐つた肉。どうして女の肉体は時々救はれたやうに見えるのだらう? 私は心に呟いた。腐つた肉が腐らない肉よりも純潔に見え高貴に見えるのはどういふわけだ! さういふ事実にでつくはすたびに俺の心はひやひやする。その魔力が俺に苦手だ! 泥沼の中にだけ宝石は隠されてゐるといふ事実ほど俺の心を易々ひきづりこむ魔力はほかにない。それでいいのかと思ふたびに、俺はひつくりかへるほど吃驚してぞッとするのだ。女の頭《こうべ》に薔薇の花をかざすことが俺はきらひだ。俺は女に鞭をふりあげ、血みどろの身体をひきづる方が好きなのだ。そのくせ薔薇の花を見るたびに、一時に冷え、竦む心を痛烈に感じてしまふのはどういふ理由だ?――
 私は秋子の襟脚を茫然と凝視めるうちに、劣情が地獄のやうな紅《くれない》に燃えひらめいてゐることに気付きながら我に返つた。狂ひたつ劣情の下積みの部分に、もはや私には判別のつかない様々の考へが意志が流れどよめき、こんぐらがつてゐるやうすだ。痺れるやうな重さだけが分るのであつた。私はほッと息をして叔
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