てゐるために、この男の痩せた身体が線で描かれた形のやうに不気味に見えた。金属のやうな冷めたい感じや傲然たる無神経や燃える眼が、檻へ入れて対坐するにふさはしい狂人のものに見えるのだ。凡そ部屋に不似合な巨大な汚い古ピアノが一台あつた。
「こんなものを買つたのか?」と長平がたづねた。
「こいつを一台買ふためには色々の欲望を断念したり大切な品物を売払はねばならなかつた。君はショパンがマヂョルカ島で作つたといふ幾つかのプレリュードやスケルツォを知つてゐるか? ショパンはジョルヂュ・サンドと一緒にマジョルカ島へ行つたのだ。あの牝牛には二十世紀の俺だつたら生理的な嫌悪を感じてやまないが、あの牝牛にひきづられ、旺盛な肉体力やら現実的な才智やらに圧倒されたショパンときては、女王の前の奴隷のやうにだらしがなかつた。マジョルカ島へ来た頃はショパンとサンドの恋愛も終曲に近い時なんだよ。ジョルヂュ・サンドが男と町へでかけたつきり夜が更けても帰つてこない、そこでショパンが絶望して、ねもやらず作つたといふのがそれらの曲だ。絢爛なほかの曲に比べると墓地できく雨だれのやうな陰鬱なものだ。音楽ぢやないのだ。つまり芸術ぢ
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