O出することがありません。本と埃でいつぱいのこの男の部屋へはいると、糸のやうに痩せた若者が真黒の仕事着をつけて、然し精悍な山犬か狂人のやうな眼を光らせて一睨みづつ貴女方の顔を射るのに会ふ筈です。それからいきなり誰の神経にも顧慮せずに猛然と喋りだすのを見出すでせう。この男の奇妙なのは非常に観念的であると思ふと、時々非常に実行家なんです。この男が行動にうつる一瞬間前まで、我々は彼が起すであらう行動に就いて絶対に予測することの不可能なのが普通なのです。彼は年中何もしてゐません。時々ふいに何事か已に行つてしまつてゐるだけなんです。そして要するに年中同じ一室にヂッと棲息しつづけてゐるに過ぎないやうなものです。その男をこれから訪ねてみませんか?」
 不賛成を説へる者は一人もなかつた。一同自分の体臭に疲れきつた感じであつた。要するに、ただ新鮮な人数が加はれば加はるだけ救はれるやうな思ひのみが共通してゐた。一団は二九太の部屋を目指して流れていつた。
 薄暗い乱雑な部屋の中に、果して精悍な山犬の眼を光らせた哲学者がゐた。我々がほかの場所では見出すことのできないやうな、シャツのやうにひきしまつた黒い背広を
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