すがのお玉も抗する術なく、かくて退院と共に晴れて新婚生活にはいつたのですから、五郎兵衛は腹の脇差を最大限に利用して利息まで稼いだ。爾来政界への野心もなく悠々新夫人との生活を愛したのですが、新夫人は幸薄く、五郎兵衛に先じて鬼籍の人となつた。わすれがたみが一人、女児で、折葉といふ。五郎兵衛は折葉を愛すること一方ならず、散歩に、酒席に、観劇に、訪問に、影の形に添ふ如く手放したことがない。折葉はこの物語の主要なる人物の一人です。
 五郎兵衛は折葉十二の年に永眠しました。晩年は読書、碁、酒、観劇などに日を送り、折葉にまさる愛人はなかつたと申しますから平穏な晩年です。

     その二

 私が加茂五郎兵衛の伝記編纂に当ることになつたのは、木村鉄山先生のはからひでした。先生は明治中期の政客ですが、明治後期は企業家、大正以後は趣味家です。別段出入りをしてゐたわけではなかつたのですが、同郷のせゐで私の名前を記憶にとゞめてをられ、折にふれて拙作に目を通されたこともあつた由で、一般の世評よりも高く評価して下さつた。それで加茂五郎兵衛の伝記をあの男にやらせてみよう、さういふことになつて、先生のお宅へ招ぜら
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