れて、貴君は目下不遇なる三文文士だけれども筆力非凡将来の大器であるから作中の人物としては加茂五郎兵衛が不足かも知れぬがマアこの際役不足を我慢して御尽力願ふ、などゝ最大級に激励していたゞいた。先生はオダテの名人です。私の感激致したのは申すまでもありません。
そのとき先生から明治大正政界の裏面史に就て一通り講説を受けて、尚又諸方への紹介状、総理大臣、総裁、大臣前大臣といふ方々ですが、ですから私は大変多くの大人物にお目にかゝつた。天下名題の大人物のことですから各々一風変つて威風は一々肺肝に銘じてゐますが、この訪問記は割愛致します。
かくて最後に加茂五郎兵衛の故山の家に赴いて、こゝで資料を整理し、気が向いたらそこで執筆もよろしからう、かういふ話で、私が加茂村を訪れたのは昭和×年、私は二十九です。
筆力非凡将来の大器といふ先生の宣伝が行き渡つてをりますから、山間の小村では現在の大器の如く丁重に待遇せられる、都会の陋巷でその日の衣食に窮してゐた三文文士が突然仙境に踏み迷つたわけです。
加茂家の当主は太郎丸といふ変つた名前で、やがて五十に手のとゞく年配でしたが、当主に限らずいつたいが加茂家の
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