ましたが、五郎兵衛の切腹は実は嘘です、なるほど五郎兵衛の腹中に脇差が刺込まれてはをつた、けれどもこの脇差は狂乱のお玉が突刺したので、之を切腹にしたのは咄嗟の五郎兵衛の機転でした。女中に腹を突刺されるといふ三面記事は醜態ですが、それにしても、丁度ハラキリが有つても良いときに背中ではなく腹を突刺された五郎兵衛は幸運でした、これは五郎兵衛の長男であり加茂家の当主たる人が目撃した事実ですから、間違ひはない。
 そのとき、五郎兵衛は落付いてゐた。傷口を片手で押へ、家人に向つて真相を口外するなと申し渡したさうですが、五郎兵衛が落付いてゐるので、手の指の間から臓物がたれ落ちてゐても、家人は傷が浅いのだと思つてゐた。実は瀕死の重傷でした。五郎兵衛は血のたれる脇差を執上げて眺めすかしてバカめ、之は金比羅様(だか稲荷様だか)の参拝の道の茶店の床の間で見付けて二十五円(だかいくらだか)で買つた安物だ。選りに選つて一番安物を掴みだしてくるとは貴様の下素《げす》根性のせゐだらう、とブツ/\叱言だか強がりだか言つてゐたさうです。そこで病床から指図して、お玉の別居を申渡した由ですが、之は快心事であつたに相違ない。さ
前へ 次へ
全16ページ中7ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
坂口 安吾 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング