、おまけに濡れたのを差込むものだから燻って目も開けていられなかった、今日は良く乾いていますか、濡れた薪木と乾いた薪木の区別ぐらいは御存知でしょうね、と頭上から叱言を浴せますが、男は平然たるもので返答もなくキツツキの作業をつづけております。そんなに忙しくコツコツと叩いて指を切りますよ。どの指がなくても不自由ですのに、指はあとから生えません、そんなに忙しく叩いても切れるものですか、もっと落付いて一撃に、ホラ、木が飛んだ、お叱言はキリもなく続きますが、男は風馬牛、自らの流儀をあくまで墨守して熱闘十分間薪木を切り終ると今度はそれを抱え去って風呂の火をたきつけています。之が当主の太郎丸氏でした。当主は私用専断によって下男を数日の旅行にだした、あなたが勝手にしたことですからお風呂はあなたが焚いて下さい、こう捩じこまれて正論に抗すべき詭弁の立てようもないから、太郎丸氏は無念ながら風呂をたきつけているのです。数名の女中もいるけれども、各※[#二の字点、1−2−22]職域を守って堅く容喙をつつしむことが家憲の如くでありました。
その翌日のことです。加茂五郎兵衛の手沢品や日記などを一まとめに投げ入れてあ
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