知の人に区別のないのは結構ですが、人によって話題の選択を考慮致しませんから、知らない土地、知らない人の名が続出で、私は雲中に坐して雲雀の声をきく如く黙しております。近頃の東京はいかがでございますかと訊くによって答弁を発しようとするうちに、私共が東京におりましたころ、と忽ち思い出は十年前二十年前三十年前と際限もなく彷徨とどまるところを知りません。
 そのとき一人の男が一束の薪木を担いで裏口から這入ってきて、ドサリと土間へ投落すと、次に鉈をふるって薪木を切りはじめました。田舎の家は入口からズッと奥まで土間が通っていて、旧家になると、この土間でキャッチボールができるぐらい広々としている。土間の片側は寄りつきの間、茶の間、仏間などで、片側は台所、湯殿などですが、この家では土間を利用した洋風の応接間があり横綱でも余るぐらいの大きな椅子が置いてある。私たちは茶の間にいた。男は土間の中央に薪木を投げだして鉈をふるいはじめたのですが、薪木を切断するという豪快な作業ではなく、片腕の上下運動によって間断なく薪木を叩くというキツツキのような作業でした。
 すると夫人は男に向って、昨日は大きな丸太を割りもせず
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