》へがとれたやうな楽な気がした。そこで松の根本へ腰を下した。振仰ぐと葉越しに濃厚な夏空が輝いており、砂丘一面に蝉の鳴き澱む物憂い唸りが聞えた。少年はもぢ/\してゐたが、軈《やが》て写生帳を取出して、俯向きがちに令嬢を描きはじめた。
(二)
令嬢は暫く素知らない風をしてゐたが、やがて笑ひながら、あたしを描いてゐますの? と訊くと、少年はむつとした面持で併し小声に、動かないで下さいと呟いた。
暫くしてから、少年には構はずに、令嬢は急に生々と立ち上つて、それをお見せなさい、と命じた。少年は矢張りむつつりしたまま、二三筆手入れをしてのち、黙つて写生帳を差出した。同じ姿が巧に数枚描かれてゐた。令嬢は考へ乍ら一枚々々眺めてゐたが、
「さうね、ぢや、あたしモデルになつてあげるわ。明日の此の時間に新らしいカン※[#濁点付き片仮名ワ、1−7−82]スを用意して、此処でお待ちなさい」
少年は驚いて令嬢を見上げたが、彼女は少年の返答を待たずに振向いて、木蔭へ走り去つた。
それからの一週間程といふもの、二人は同じ砂丘で、毎日画布を差し挟んで対坐してゐたが、殆ど言葉を交さなかつた。令嬢
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