こと言ふか、分る?」
 谷村は答へなかつた。その目には残酷な憎しみがこめられてゐるやうだ。藤子もさすがにてれたのか、目をそらして、くすりと笑つたが、
「谷村さん」
 又、目が光つた。
「あのね。信子さんはね、多分、あなたにも言ふと思ふわ。私、処女よ、つて。予感があるのよ。きつと、言ふわ。そのときの信子さんの顔、よく見て、覚えてきてちやうだい。陳腐な言葉ぢやないの。あなたが、そんな言葉、軽蔑できれば、尚いゝのだけれど」
 谷村は別のことを考へてゐた。
 藤子の邪推からも結論されてくることは、信子の生きる目的は肉慾ではないといふことだ。信子の生きる目的は何物であらうか。男をだますことだらうか。金をまきあげることだらうか。それは目的といふよりも、本能的なものだらう。なぜか谷村はさう思ふ。彼の頭に岡本の天性の犯罪者といふ呪咀の声が絡みついてゐるのであつた。この年老いた破廉恥漢の呪咀の声ほど信子に就いて的確なものは有り得ない。肉慾専一の岡本は信子を犯罪者と見るのだが、谷村の場合に別の意味であるかも知れぬといふことが彼に勇気を与へてゐた。信子に人を迷はす魔力があるなら、迷はされ、殺されたい、と谷村
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