ないわよ。谷村さん」
「でも、それだつたら、口説きがひがあるぢやないか。え、谷村さん。面白いね。ぜひとも自爆するのだよ」
藤子は信子の情夫の名前を一々列挙した。画家もあれば、実業家もあり、商人もあれば、歌舞伎の名優もあつた。いづれも中年以上の相当の地位と金力のある人ばかり、岡本などに目もくれなくなつたのは当然だといふ話なのである。
「あなたはいつか信子さんは処女ぢやないかと仰有つたでせう?」
藤子の目は光つた。
岡本の弟子に小川といふ青年がある。谷村も知つてゐるが、一本気の気質で、然し、気まぐれな男であつた。この男が信子を口説いた時に、私は処女よ、と信子は言つたさうである。彼はふら/\になるまで信子を追ひ廻して、結局崇拝者といふ立場以外にどうなることもできなかつた。信子は青年は相手にしなかつた。青年はたゞとりまいて崇拝することができるだけ、つまり青年は一本気で独占慾が強いから、信子は崇拝者以上に立入らせないのである。それが藤子の話であつた。
「私は処女よ、なんて、処女はそんなこと言はないものよ。言ふ必要がないのですもの」
藤子は益々谷村を見つめた。
「谷村さん。なぜ、私がこんな
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