時がきた。信子は壁際にころがつて、倒れてゐた。腰から足は露出してゐた。隠さうとする意志もなかつた。額に腕を組んでゐた。
 谷村は衣服をつけた。そして信子の腰から下の裸体をみつめた。肉慾の醜さは、どこにも見ることができなかつた。如何なる事務的な動作もなかつた。一枚の紙きれすらもなかつた。全てはその奔放な姿のまゝに、今も尚、投げだされてゐるのみだつた。
 信子の腰の細さは、疲れ果てた谷村の心を更に波立たせた。縦の厚さがいくらか薄いだけ、胸と尻への曲線はなだらかで、あらゆる不自然な凸部がなかつた。
 谷村は隠されてゐる胸を見ずにはゐられなかつた。かゞみこんで、ジャケツに手をかけて、
「信ちやん。胸のお乳を見せておくれ、こんな細い、丸い、腰の美しさがあるなんて、今日まで考へてもゐなかつたから。僕は信ちやんのからだを、みんな見たい」
「えゝ、見て」
 事もない返事であつた。そして、谷村の操作をうながすやうに、額の片腕をものうく外して、まくれあがつたジャケツの端をつかんだ。谷村はその美しい乳を見た。純白な胸を見た。腰からのびるそのなだらかな曲線を見た。見あきなかつた。そして、ジャケツの下にかくした
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