を裏切るものだつた。蓋し、顔のほてりに示されたものは、その精神の情熱ではない。むしろ最も肉体的な情熱であつた。それは直ちに肉体の行為に結びつき、むしろ、それのみを直感させる情熱だつた。それは健全なものではなかつた。白痴的なものだつた。精力的なものではなかつた。それよりも更に甚しく激しかつた。病的であつた。そしてその実体は分らない。恐らく無限といふものを想像させる情熱だつた。
私は私ですもの、と信子は言つた。肉体のない女だなんて、をかしいわ、私は幽霊ではないのですもの、と言つた。それは正直な言葉であるのか、技巧的な言葉であるのか、分らない。五分間前の谷村ならば、これを技巧と見るほかに余念の起る筈はなかつた。顔のほてりを見て後は違ふ。むしろ一つの抗議とすらも見ることができた。
然し、又、あらゆる言葉と同様に、顔のほてりすらも、生れながらの技巧であるかも知れないと谷村は怖れた。唐突でありすぎた。激烈でもありすぎた。めざましい奔騰だつた。ともかく一つ真実なのは、告白が許されたといふことだけだ。だが、告白が許されたといふことだけでは、すくなからず頼りなかつた。彼の見た信子の顔のほてりは、あま
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