つた。微塵も邪気のない顔だつた。そのほかには、あらゆる感情が表れてゐない。あどけなさがあるだけだつた。
「あなたは驚くべき夢想家よ。でも、面白い夢想家だわ。無邪気な夢想家かも知れないわ。私を辱しめる罪を見逃してあげればのことよ。でも善良に買ひかぶられて取りすまさなければならないよりも、不良に見立てられてその気になつてあげるのも面白いわ。私は遊ぶことは好きですもの」
「それなんだよ、信ちやん。僕がさつきから頻りに言つてゐることは」
「まア、お待ちなさい。あなたのお喋りは」
と信子は手で制したが、心底からハシャイでゐる様子であつた。それは一途に無邪気なものにしか見えなかつた。見様によれば、平凡な、遊び好きの、やゝ熱中した娘の姿にすぎなかつた。
「あなたは全てを適当にあなたの夢想にむすびつけてしまふのですもの。私はそんな風に強制されるのは、いやよ。私は、私ですもの。肉体のない女だなんて、をかしいわ。私は幽霊ぢやないのですもの。それに犯罪者だなんて、被害者に注文されて犯罪する人ないことよ。でも、遊びは、好き。贋の恋なら、尚、好き。なぜなら、別れが悲しくないから。私は犬が好きだけど飼はないのよ
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