。むしろ、芯まで食べてもらひたかつた。林檎をかゝへて口に寄せる手つきからして爽かだつた。肩と肘のすくんだ構へも、目に沁みた。
「あなたの謎々は私が必ず悪い女でなければいけないのね」
「あべこべだ。僕は讃美してゐるのだよ」
「だから、悪い女を、でせう」
「悪いといふ言葉を使つた筈はないぜ。僕には善悪の観念はないのだから。たゞ、冷めたいといふこと、孤独といふこと、犠牲者といふこと、犯罪者といふこと」
信子はふきだした。それは林檎にかみつくよりも、もつと溌剌《はつらつ》奔放な天真爛漫な姿であつた。
「そんな讃美があつて?」
「信ちやんにだけは、さ。信ちやんだけが、この讃美に価する特別の人だからさ。ほかの人に言つたら怒られるが、それはその人が讃美に価するものを持たないから」
「あなたは私が怒らないと思つてる?」
谷村はためらはなかつた。
「思つてゐる。信じてゐるよ」
「あなたは、私の絵が平々凡々で常識的だと仰有つたでせう。もしもそれが私の本当の心だつたら?」
「芸術は作者の心を裏切ることがないかも知れぬが、信ちやんの絵は芸術ではないのだからさ。お嬢さんの手習ひだから」
信子の顔は、又、変
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