と見ひらかれて、たゞ、冴えてゐるだけだ。笑顔と笑はぬ目の重なりから溢れて迫るものは、静かな気品と、無意味であつた。そこにはあらゆる意味がない。静かな気品の外には。
「あなたは謎々の名人ね」
「なぜ」
「愛されるばかりで、愛さない者は誰? 信子。冷めたくて、人を迷はす機械は誰? 信子。永遠に真実を言はない人は誰? 信子」
信子の目は冴えてゐた。そこには更に意味がない。幼さも、老練もなかつた。
目がとぢられた。椅子にもたれた。
「もつときかしてちやうだい。謎々を。まだある? もう、ない?」
再び放心がはじまつた。違つてゐるのは、一つの林檎を手にしてゐることだけであつた。
憤つてゐるのだか、満足してゐるのだか、虚心なのだか、意地悪をしてゐるのだか、さらに掴みどころがなかつた。然し、谷村はひるまなかつた。いかなる破滅も、いかなる恥辱も、意としない自覚があつた。
「信ちやんは岡本先生の信ちやん論を知つてゐますか」
谷村はもう、ためらはなかつた。何ごとをも悔いることを忘れたと思つた。
「信ちやんは薄情冷酷もの、天性の犯罪者だと言ふのさ。僕はこれを、信ちやんに捧げられた最大のオマーヂュと信
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