者の一人でありたいと希つた。そして彼は、ともかく恋の告白自体がわが胸の真実ではないことを自覚して、ひそかに満足した。所詮、偉大な役者では有り得ない。たゞ公園の鋪道の隅の小さな噴水であり得たら。信子は夜をあざむく人工の光のやうに思はれた。
「僕は信ちやんの自信ほど潔癖で孤独なものは見たことがない。芸術は信ちやんには似てゐない。死後にも残るなどといふのは饒舌なことだ。慎しみのないことだよ。死ねばなくなる。死なゝくとも、在るものは、失せねばならぬ。僕がこの世に信じうる原則はそれだけだから」
 谷村は自分の言葉に虚偽も真実も区別はなかつた。彼は自分を突き放してゐた。突き放すことを自覚する満足だけでよかつた。
「信ちやんは、たぶん、自分以外の何人をも信じることはないだらう。信ちやんは永遠を考へてゐない。信ちやんは消えうせる自分を本能的な確信で知つてゐる。哲人たちが万巻の書物を読みその老衰の果てに知りうることを、信ちやんは生れながらに知つてゐる。昔の支那の皇帝が不老不死を夢みたやうな愚を信ちやんはやらない筈だ。信ちやんは現実的な快楽主義者ではないからだ。信ちやんは常に犠牲者だから。生れながらの犠牲
前へ 次へ
全37ページ中20ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
坂口 安吾 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング