と見ひらかれて、たゞ、冴えてゐるだけだ。笑顔と笑はぬ目の重なりから溢れて迫るものは、静かな気品と、無意味であつた。そこにはあらゆる意味がない。静かな気品の外には。
「あなたは謎々の名人ね」
「なぜ」
「愛されるばかりで、愛さない者は誰? 信子。冷めたくて、人を迷はす機械は誰? 信子。永遠に真実を言はない人は誰? 信子」
 信子の目は冴えてゐた。そこには更に意味がない。幼さも、老練もなかつた。
 目がとぢられた。椅子にもたれた。
「もつときかしてちやうだい。謎々を。まだある? もう、ない?」
 再び放心がはじまつた。違つてゐるのは、一つの林檎を手にしてゐることだけであつた。
 憤つてゐるのだか、満足してゐるのだか、虚心なのだか、意地悪をしてゐるのだか、さらに掴みどころがなかつた。然し、谷村はひるまなかつた。いかなる破滅も、いかなる恥辱も、意としない自覚があつた。
「信ちやんは岡本先生の信ちやん論を知つてゐますか」
 谷村はもう、ためらはなかつた。何ごとをも悔いることを忘れたと思つた。
「信ちやんは薄情冷酷もの、天性の犯罪者だと言ふのさ。僕はこれを、信ちやんに捧げられた最大のオマーヂュと信じてゐるのさ。岡本先生は最も貪慾な女体の猟犬だが、信ちやんからは女体の秘密を嗅ぎだせずに、たゞ魂の影だけを掴んだ。先生にとつては、如何ほど貞淑高潔な女体も、秘密のある女体でしかない。尤もそれは僕にとつても、先生と同じ意見だけれどもね。その先生も、信ちやんからは、女体の秘密をつかみ得ず、天性の犯罪者だと言ふのだ。天性の犯罪者とは、どういふことだらう? 僕は先生に訊いてもみず、訊く気持も持たないから、先生の言ふ本当の意味は分らない。たゞ、この言葉の属性で疑ふべからざることの一つは、永遠の孤独者といふことだ。人は誰しも孤独だけれども、肉体の場に於て、女は必ずしも孤独ではない。女体の秘密は、孤立を拒否してゐるものだ。孤立せざるものに天来の犯罪などは有り得ない。だから、僕は思ふ。信ちやんには、女体がない、と。女が真実を語るのは、言葉でなしに、からだでだ。魂でなしに、女体でだ。女体がなければ、女は、永遠に、真実を語らない。信ちやんは、永遠に、真実を語りうる時があり得ない」
 谷村はもつと残酷に言ひ得ることを知つてゐた。それは岡本の天性の犯罪者といふ意味に就いてゞあつた。けれども彼は甘い屁理窟と讃辞
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