歴史と現実
坂口安吾
−−
【テキスト中に現れる記号について】
《》:ルビ
(例)切支丹《キリシタン》
|:ルビの付く文字列の始まりを特定する記号
(例)千七百|米《メートル》
−−
以前新井白石の「西洋紀聞」によつてシドチの潜入に就て小説を書いたとき、屋久島はどんな島かしらと考へた。切支丹《キリシタン》の事蹟を辿つて天草までは行つたが、屋久島は行かなかつた。幸ひこの小説は島の風物を叙述する必要がなかつたので史料の記事だけで間に合つたが、後日、深田久弥氏の屋久島旅行記を読んで、驚いた。屋久島は千七百|米《メートル》の巨大な山塊で、全島すべて千年から千五百年を経た神代杉の密林ださうである。
成程白石の記事によつてもシドチが最初に出会つた日本人は樵夫《きこり》であるが、出会ひの叙述は日当りの良い平凡な山中の草原を考へさせ、山塊一面神代杉の密林などとは思ひもよらぬ。千年から千五百年を経た神代杉の密林だから、シドチの二百余年前も今と変らぬ風景であつたに相違ない。
歴史と現実といふものには、かういふ距りがあることを痛感した。「西洋紀聞」を読んだ何人《なんぴと》が屋久島を神代杉に覆は
次へ
全3ページ中1ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
坂口 安吾 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング