食堂車で二合瓶を十六本平げた時で、新潟へ着いてからどういふ順でこんな宿屋へ来てしまつたのだらうといくら考へても分らなかつた。翌日幼馴染の婦人に会つた。私と同年配だから女としてはもう年増だ。一緒に食事をし、ダンスホールへ案内されたが私は踊りを知らない。ソファに埋もれてぼんやりしてゐると、女も踊らうとはしないで矢張りソファに埋もれてボンヤリしてゐる。東京のダンスホールと違ひ、田舎のダンスホールは設備こそ匹敵するが踊る人は数へる程しかゐないからちつとも陽気ぢやない。朦朧と疲労して外へでると、暫く沈黙をつづけて歩いたのち、急に女が私は自殺のことばかり考へて生きつづけてゐると言ひだした。だけど一人ぢや死にたくないと言つたのである。自殺は好きぢやないと私は答へた。そしてその日はそれだけで別れた。
 私は聖母の理想といふものと自殺とは同じものゝ裏と表だと考へてゐる。そしてどちらも好きになれない。そのくせこの旅先ではこの一夜から急に自殺――心中のことを偏執しはじめた。そしてそれが自然に見えた。
 翌日もその翌日も、それからの十日程といふものは毎日女に会つてゐたが、今日こそ心中のことを切りだして一思ひに
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