(三)[#「(三)」は縦中横]
私のは精神上の放浪から由来する地理上の彷徨だから場所はどこでもいいのだ。東京の中でもいい。時々一思ひに飛び去りたくなる。突然見知らない土地にゐたくなる。土地が欲しいのではなく、見つめつづけてきた自分が急に見たくないのだ。だから私の放浪は土地ではなく酒でもいいのだ。それが可能な国にゐたら阿片吸飲者になつてゐたかも知れないと思ふ。私の生活は寧ろ甚だストイックだが、この魂の放浪に対しては凡そだらしなく自制心がないやうである。だから旅では非常に軽卒な恋愛をする。
一夜の遊女に戯れるなぞといふのではなく、軽率な感傷に豪毅な精神を忘れたあげく、いつそあの女とこの土地に土着してしまつたら痴呆のやうに安楽であらうと考へるのだ。言ふまでもなく私自身がかういふ自分を軽蔑してゐる。然し旅には旅愁といふ素朴な魔物がゐるのだ。私の旅愁やら理知を逃げる傷心やらが旅先の女に投影されてゐるのだから、女が救ひにも見える愚かな一時があるのも莫迦らしいと言ひながら時々仕方がない時もある。
なんの用もないのに突然ふらりと故郷の新潟市へ行つた。私の生家はもうないのである。
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