死んでやらうといふ考へで会ふのだが、この重圧ある意識に疲れてそんなことをおくびにも出さないばかりか異様に疲れてしまつた。到頭こんどは故郷を逃げて一目散に東京へ帰つてきた。
帰る汽車の中で、もう新潟の自分の心が夢のようにしか思ひだせなかつた。私は汽車の中で考へつづけた。だいたいダンスホールへ這入つてゐながら踊らないなんてことがかういふ阿呆な感傷に落込むもとなんだ。ダンスホールのソファに埋もれ、踊りもしないでボンヤリしてゐるなんてことは、まつたく古典的な精神的風景美があるからな。この風景美は大いに排撃すべきだ。よろしい、ダンスを習はふ。ダンスホールへ這入つた時はダンスをするやうにさへすれば、かういふ愚劣な哀愁にまどはされる筈はありえない、と。
私は東京へ帰るとほんとにダンスを習ひはじめた。但し三日間。四日目にはうんざりしてゐた。レエゾン・ド・ビイヴルといふことを考へるとやりきれない。私がドストエフスキイを愛するのは彼の作中人物がみんな自分の生命力を感じたいためにあせりぬいてゐる、それが甚だなつかしいのも一因である。
底本:「坂口安吾全集 02」筑摩書房
1999(平成11)
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