し郊外の某精神病院に這入つてゐる。少年時代から周期的に錯乱が起る男で、もう退院しても仕方がないといふところから一生病院にゐる決心をきめてゐるが、肺病で余命いくばくもないから一目会ひたいといふ手紙をよこした。私は会ひに行つたのだ。
 会つてみると肺もそれほど悪くはない。さう言はないと私が会ひに来てくれないと考へて書いたのだと言つてゐたが、寂寥に悩んでゐるのである。狂人といつても発作の起らない限りは殆ど常人と変りがない。それどころか見えすいたお世辞を使つたり色々俗世間的な手管をかなり無反省に使駆する。私のやうな自意識過剰に悩む男は狂人よりも意識の表出を制限され内攻し偏執するとしか考へられない。彼の俗世間的な様々な手管が見えすいて、私はひどく腹が立つてきたのである。
 友人のW君が目下神経衰弱で帝大病院へ通つてゐるが、療法をきいて面白いと思つた。医者は薬を与へない。毎日日記を書かせそれを提出させる。日記に批判を与へる掛りがゐて、ここの追求が足りないとか、ここは正しいとか朱を入れて返すのである。要するに潜在意識をさらけ出さしめ、それを隠すことによつて精神を疲労せしめた原因を除去するのではあるま
前へ 次へ
全10ページ中5ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
坂口 安吾 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング