てるヒマがありません。
「ウン」
 と答えて三人一しょに熱海めざしてまッしぐらです。しかし、もともと小夜子サンとセラダが死に損ったことについて日野と八千代サンまでが熱海へ駈けつける必要はないのですから、トオサンも熱海へ近づいたじぶんから弱りだして、
「お前さんたち、なんだってノコノコついてきたんだい」
「イヤだな、切符買ってくれたくせに」
「仕様がねえなア、来ることもないくせに」
「トオサンが慌てすぎるから、こッちもつりこまれちゃったらしいや」
 仕方がないから、トオサンは二人を適当な旅館へあずけて、自分だけ小夜子サンの病床へ駈けつけて一晩看病しました。日野と八千代サンの一件というのはつまりその晩の出来事です。
 トオサンにしてみれば、こんな偶然がもとで八千代サンが日野とネンゴロになってくれた方がむしろ自分を愛してくれるよりも八千代サンの身のためだぐらいの気持だったかも知れません。宿の番頭や女中に、
「この若い二人をたのむよ!」
 と云ったそうです。そんなわけで二人は一つブトンに枕二つ並べて寝かせられることになりました。
「弱ったなア。フトン二ツにしてもらおうかね」
「平気じゃないの。
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