ケズケ云いました。そういうところは小気味のいいトオサンでしたが、自分の胸の思いをうちあけるには全然勇気がなかったのです。むろんトオサンには奥サンもあるし子供もありますが、小夜子サンにも御亭主があったのです。物理学者で、書斎の虫だったのです。仲は冷いようでした。
八千代サンも可愛い娘でしたが、小夜子サンが万人その美を認めざるを得ないていの麗人ですから、自然ひそかに嫉妬せずにいられなかったのでしょう。
その小夜子サンが二世のセラダと熱海で心中して、二人とも死に損いました。日野と八千代サンの一件というのもその時にあったことです。いまはその一件を語るのが目的ですから、小夜子サンとセラダのことはやがて章を改めて語ることに致します。
小夜子サンとセラダが死に損ったということは新聞の夕刊に小さく出ていたので判りました。トオサンはとる物もとりあえずというていたらくでカッポウ着をかなぐりすてて熱海直行ということになりましたが、そのとき店に来合せていたのが日野と八千代サンでして、
「じゃア、ぼくも行きます」
「私も」
この二人がどういう反射運動か、その気になって立上ったものですから、トオサンも考え
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