度のシクジリでくじけるようじゃア、人間の値打はありやしねえや。しかし、八千代サンには、すまねえ」
八千代サンのいる方角がどッちだか分らないものですから、誰もいない方へちょッと身をねじるようにして何をしたのだか誰にも分らないような素早い動作で合掌をやりましたが、てれかくしか急いで手拭をひッこぬいてハナをかんだりして忙しいことでした。長旅の疲れのせいもあって興奮もいちじるしい様子だったのです。小夜子サンは病後で疲れきっていましたが、これはまた天下の些事には一向に無関心らしくサバサバとカゲリはまったくありませんでした。セラダがいつかの心中の相手だったことなぞは思いだすこともできない様子に見うけられました。料亭阿久津は当分平和が訪れるかに思われたのでした。
★
セラダの自動車事故にいよいよ決行の時節到来とみたのは法本でした。二世たちのなかには自動車事故も無理心中の仕損いではなかったかと疑るムキもあったほどで、事実そうかも知れないのです。奴もいよいよせっぱつまったわけですから、早いうちにやらないと、奴は本当に自殺してしまう怖れもあったわけです。
そのころから法本はぼ
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