ず大ムクレの真ッ最中でした。原因はセラダと同じです。トオサンが小夜子サンと行方不明だからでした。心底の無念はセラダ以上にやる方ないものがあったかも知れません。なぜならセラダにはない嫉妬の炎というものが五臓六腑を荒れ狂っていたからです。
 小夜子サンのお古というのが玉にキズですが、心中の死に損いということや、死の崖へ追いつめられた犯罪人ということなどベリナイスです。
「チョイト失礼」
 八千代サンはセラダの手をぬいて立ち上りましたが、これは便所へ行ってハンドバッグの中から注射器をとりだして戦闘準備のヒロポンをうつためでした。そうとは知らぬセラダがひどく浮かない顔をしてもう自殺以外に手がないようなふさぎ方をしているところへ、イソイソと八千代サンが戻ってきて、
「どうも失礼。いただくわ」
 と云ってハイボールのコップをとってキューと一息に飲みほしたものですから、セラダは茫然、つづいて狂喜雀躍、ただもうむやみに両手をすりあわせ肩をゆすって相好をくずしました。
「アリガト。アリガト。八千代サン。アナタ、ステキです」
 自分でバーへとんで行ってダブルのハイボールをつくってきました。ちょうどそこへ日
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