いい。私が子供のころ、オジイサンがきかせてくれた話なんだが、何十年も術をみがいて剣術の奥儀をきわめた名人があったそうだ。ある晩野道を歩いていると怪しきものがヌーと前に立ったから、オノレ妖怪と抜く手をみせず斬り倒した。ところが斬ったものを調べてみると枯尾花だったんだね。そこで剣の名人が天を仰いで歎息して、心の迷いであったか、アア、わが術いまだ至らず、もはや生きるカイもなし、とその場にどッかと坐り刀を逆手にもって腹を斬ろうとした。その時だね。斬られた枯尾花が走ってきて、その切腹待った! シッカと侍の手を押えたというのさ。子供心にもこの話が妙に頭に残ってね。私は人にきいてみたが、誰もこんな変な話は聞いたことも読んだこともないそうだ。私のオジイサンが作った話かも知れないが、私はね、この斬られた枯尾花が走ってきてその切腹待ったとシッカと手を押えたという友情がしみじみと好きだねえ。こういう温い友情が茶のみ話の心持じゃアないかしらと思っているのだが」
「トオサンの子供のころのことをきかせて」
「そのころは頭がはげていなかったぐらいのことしか云えないなア。子供のころはああだった、こうだったと云える人が
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