ったのは、彼自身がむしろそれを望んでいない証拠だったかも知れませんが、するとその時ギックリと鎌首をたてて日野をジッと見つめたのがそれまで熱心に料理中のトオサンだったものですから、これには日野がギクッとおどろく番だったようです。彼はこのとき、はじめてトオサンの悲しい恋心を知り得たかと思います。奴は慌てて帳場へ去りました。
 こういうわけで、法本がせっかく一席もうけた商談は全然役立たずです。なぜなら、セラダは約束をまもらず、万事をホーテキして日となく夜となく毎日毎日小夜子サンのもとにつめきりと相なったからです。
 事態は急速に進展しました。そしてたちまちのうちに例の熱海心中と相なったのですが、これの前に書きもらしてはならぬ重大な出来事があったのです。
 小夜子サンは亭主の物理学者との別れるに別れられない関係にヤケを起していたのです。亭主は書斎にとじこもったきり夜明けちかくまで出てきません。一しょに映画や海や山へ行くではなし、夫婦らしい交驩《こうかん》ということは何一ツやろうとしません。そのくせ夜明けちかく書斎からでてくると必ず肉体を要求することだけは忘れたタメシがないのだそうで、これでは全
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