。小夜子サンを手ッとりばやくかどわかすには、セラダの生きているうち、トオサンやぼくらが小夜子サンが身を隠すのを期待しており、つまり彼のかどわかしに嬉々として協力の情熱を惜しまぬ時期に限るようです。セラダが死んでからでも小夜子サンをモノにする時間も機会もあるでしょうが、それには金も時間もかかって、決して賢者のとるべき道ではなかったのです。
 法本は日野をよんで、こんな風に相談をもちかけたのでした。
「キミの親戚の元貴族に小夜子サンをかくまってくれて、セラダのピストルや小坂信二の硫酸から守ってくれるようなヤンゴトナキ大人物はいないかなア」
「そんなものはいやしないよ。元貴族なんてみんな落ちぶれて大方人の脛をかじる方が商売なんだもの、これぐらいタヨリにならないのは今どきめッたにありやしないよ。第一、彼らは勘定高くって、およそ人助けには縁のない利己主義者なんだ」
「しかし、元貴族というのはセラダや小坂に対してはニラミがきくと思うんだがね。かりに隠れ場所が分っても彼らはにわかに手をだしかねると思うんだよ。だから、実際にそういう貴族が存在しないとしたら、ぼくらの手でそれらしい人物をつくりあげてみようじゃないか」
「ぼくの元貴族の肩書ぐらいじゃ、その細工に助力できる力はないなア。先生の手腕で、いいようにやっとくれよ」
「そうかい。それじゃア、ま、このことは他言は絶対無用だぜ」
 法本はこう日野に念をおしたそうですが、以上はまア法本一流の伏線、小細工と申すものです。小夜子サンかどわかしの場合の要心と、またこのように釣糸をたれてみて、魚のグアイをさぐるような意味もあった次第です。
 日野はそのころ時々金まわりのよいことがあってウチでメートルをあげることがありましたから、果せるかな酔っぱらって、このことをトオサンやぼくに語ったものです。これをきいて膝をうって喜んだのはトオサンでした。
「さすがは法本サンだねえ。元貴族とはいいところへ目をつけるよ。元宮様ならこれに越したことはないが、数が知れてるから細工がきかねえや。さっそく法本サンの智恵をかりて小夜子サンを安全地帯へ移そうじゃないか」
 ぼくはその時ジッと日野の顔を見ていました。トオサンの言葉なぞは聞かなくたって判っています。日野の奴はなおさらでトオサンがポンと膝をうつことまで承知の上で云ってるのです。こやつどこまで正気かとぼくはこみあげる怒りを押えて奴の顔を睨みつけていたのです。
 小夜子サンをかくまうには元貴族が安全だとは、ふざけているではありませんか。我々の場合、かくまうとは隠すことです。隠すに元貴族も元宮様も必要があるものですか。必要なのはゼロやXだけではありませんか。いわんや、わざわざ元貴族のニセモノをつくって、そこにかくまうとはナンセンスにすぎません。
 法本は冷血な悪魔です。たくらみだけで生きてる奴です。もっとも、ぼくも同じようなものですし、客商売のぼくらの場合、人殺しでもお客はお客、人を殺して盗んだ金でもお金はお金、よけいなことは考えません。けれども、こと小夜子サンの場合は別で、商売とは別個のぼく個人の問題でもありますから、黙って見ているわけにはいきません。
 元貴族のニセモノを仕立てて小夜子サンをかくまうなぞとはトオサンをだましてていよく小夜子サンを誘拐する手段にすぎないということは、日野の奴むろん承知の上で云ってるのです。奴がニヤニヤ笑っているのはトオサンの味方の顔なのか、法本の味方の顔なのか。どっちを裏切るつもりなのか。双方裏切ることだって奴めは至極平気なのです。なぜなら奴はその裏切りが裏切りとして通用しないことを知ってるからです。ただニヤニヤと笑いながら、しかも酒に酔っぱらって、法本がニセの貴族を仕立てて小夜子サンをかくまう計画をもっているよともらしただけでは一応誰を裏切ることにもならないばかりでなく、むしろ双方から味方と思われる可能性の方が多いことも計算に入れているのです。場合によっては、そんな風に云い逃れの可能性もあることを計算の上の仕事なのです。
 ぼくに見破られていることに気附くまで、ぼくは何分間も奴めの顔を睨みつづけていました。奴めはいちはやく気がついた様子でしたが、対処の策が定まるまで気づかないフリをしていました。彼は急に慌てたフリをして、顔を赤らめ、
「法本はとても良い人なんだ」
 と云いました。そこでぼくは意地わるく、
「キミは法本はわるい人だと云うべきか、よい人だと云うべきかと考えた上で、よい人だという方を選んだんだね。キミは法本に味方する気だね、ぼくたちよりも」
「そんなことはないよ。ぼくは純粋に法本を信じてるんだ。彼は当代の人物だよ」
「するとぼくやトオサンはどうなんだ。当代の人物のギセイになってもいいような、とるにも足らぬ人物か」
「そんな云い方はよ
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