いたいわ。会わせてよ」
日野はもうたまらなくなって部屋をとびだしてしまったのです。
しかし彼はその足でウチへくると、これをことこまかに報告して、落着きはらっていました。
「あすあたりからひどい禁断症状だろうな。精神病院ものかも知れないと思うよ」
薄笑いさえ浮べて、一向に動じた様子もなく云いきるところはややアッパレでした。奴も八千代サンの獣的異変と女性の退化性の確認によっていくらか大人になったのかも知れません。
そうこうしているところへ、トオサンと小夜子サンが疲れきって戻ってきました。ぼくたちはセラダ負傷の記事により隠遁の必要がなくなって出てきたものかと早ガテンした始末でしたが、そういう偶然があったために、トオサンもやや顔が立ったかも知れません。
ぼくはトオサンがセラダのことも八千代サンのことも知らないのに驚いて、二人が誰にも会わないうちに別室へつれこんで、留守中の異変を逐一説明に及んだのです。トオサンのおどろきたるや甚大でした。何よりも「おのが罪」の自覚にうちしおれてしまったようです。ぼくはこう慰めてやりました。
「誰の罪でもありませんよ。人間はこんなものかも知れませんな。変に甘やかすより、こうしてキマリがついたあとで、いくらかでも利口にと世話をやく方がハリアイがありますよ」
「そうだな。たしかに、人間はそんなものだ」とトオサンは変に決然と云いました。「こうしてみんなが茶のみ友達になるんだ。こうしてみんなが。そうだとも。どうしても、がんばらなくちゃアいけねえ。人間はもともとこうしたものなんだ。だがな。これだけのものだと思うと、まちがいだぞ。一寸の虫にも五分の魂と云うじゃないか。五分の魂は虫にもあるんだ。そうだとも。がんばらなくちゃアいけないのだぞ、人間はな」
ちょッと勇み肌めいたところがタヨリなくはありましたが、それはまたちょッと神々しいものでもあったのです。悲憤のマナジリを決せんばかりの形相でした。思えば中部山脈をつきぬけて日本海へでて以来、ずッと格闘つづきのあとにまたこれですから、悪鬼とでも組打ちを辞しないほどの闘魂もあふれたろうというものです。
トオサンは改めて小夜子サンの方をふりむき、肩に手をかけたわけではないのですが充分にその心持のあふれた姿で、
「勇気が大事だよ。なア。なんでもかんでも、がんばって、がんばりぬかなくちゃアいけないや。一度や二
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