という女中がいて、これが自分のアパートで隣人とケンカのあげく隣人の男子の方を階段から突き落すようなことをやったものですからホトボリのさめるまでアパートへ帰らないことにしてウチの座敷に寝泊りしていたのです。小夜子サンはこの二段と同居ですから我々も安心でした。しかしフカのようによく眠る二段ですから、トオサンはかえってたよりながっていたようです。
ある日の午後、小夜子サンの亭主の小坂信二が女房をさがしてきましたが、それは熱海心中から十日ほどすぎてのことでした。幸い小夜子サンは店先にいませんでしたが、彼の訪れを知った時のトオサンの形相はすさまじいものがありました。彼は店先へとびだして、相手の顔もよく見ないうちから怒鳴っていました。
「十日もすぎてから女房をさがしにくるとは何事だ! そんな風だから女房がよその男と心中することになるんだぞ。たとえ女房がよその男と心中して生き返っても風のように飛んでいって介抱するのが亭主のツトメだ。オレがキサマの親類なら、この拳骨がキサマのドテッ腹にとびこんでるんだ。情け知らずの間抜け野郎め!」
これだけ一息に云ってしまうと、トオサンも次第に冷静になりました。
「カッとして、どうも失礼なことを申しました。ここではなんですから、どこかそのへんで静かに話を致そうじゃござんせんか」
トオサンがこう誘うと、小坂信二はだまってその後について出て行きました。二人は喫茶店で話をしたそうです。もっとも話をしたのはもっぱらトオサンの方だけで、小夜子サンが間男だの心中だのやらかしたのはたしかに怪しからんことではあるが、そもそも夫婦の愛情にヒビのできたのが原因で、責任の一半は亭主の方にもあるのだから、手荒な叱責なぞ加えずに、むしろこれを機会に温い夫婦愛をつくりだすように努力してほしい。禍転じて福となす心得がこういう時には特に大切なものだ。禍を禍だけで終らせるのは人間のとるべき手段じゃないというようなことを力説したもののようです。小坂信二はトオサンに喋るだけ喋らせておいて、最後に一言、
「どうも、御苦労」
と云って、立ち去ったそうです。あのバカ野郎にしては出来すぎた一言だと云って、トオサンは甚だ口惜しがっていました。
★
生きかえったセラダは二十日あまり姿を見せませんでしたが、これは米軍だか米国の役人だかの取調べをうけていたのだというこ
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