ぎやしないかという懸念がありました。
 こういう心境をはじめて耳にして面くらわない人が世間にたくさんいようとは考えられませんが、小夜子サンも返答に窮していると、トオサンは苦心のあげく自分の言うべき言葉をさがしまとめて、
「私は自分が卑怯だから、すでに自分の女房と名のつくものに、また自分の子供もある女に、お前さんも遠慮なく間男するがいい、そして私とは茶のみ友達の本当の愛人同士でいようじゃないかということは云いきれないのだね。そう云うべきかも知れないと思うことはあるのだが、どうしてもそれが云えない。それはもういったん世間なみの女房亭主という関係になって肉体の交りも結んで子までできてしまったから云えないのだと自分に云いきかせもしてみるのだが、よくよく考えてみると、みんな私が卑怯のせいだ。卑怯のせいにして、それでカンベンしてもらいたいようなさもしい根性もあるかも知れないが、なんとしても、女房にせいぜい間男しなさいとは云えねえや。なア、小夜子サン。だけど私はつくづく本当の茶のみ友達が欲しいんだ。つまり、本当の愛人が欲しいんだよ。女房はもっと年をとってからでなくちゃア本当の茶のみ友達になってくれる見込みはなし、私はもちろん気長にそれを待つツモリではいたんだが、小夜子サン、あなたがセラダというバカな愛人をつくったものだから、私はたまらなくなったんだ。肉体なんざアつまらねえものだから、セラダにでも悪魔にでもくれてやっても、それはかまやしませんよ。しかしだね、万人が羨み仰ぎみるようなその肉体をあのセラダのような奴にくれてやる気になるぐらい勇気のあるあなたなら、あなたの魂の方をこの無学のオイボレにくれるだけの勇気だってありやしないかと――そこは助平根性だよ。私もついフラフラと――イヤ、フラフラどころか実にもう夜の目も寝ないで考えに考えたんだが、そのあげくにとうとう腹をきめて、本日のこのていたらくと相なった次第なんだよ。茶のみ友達になってもらえないかと、こう云うわけだが、もちろん私があなたにふさわしいだけの値打のある男だなぞとは毛頭考えていないのさ。ただもう、セラダの奴が肉体の方の友達に選ばれるなら、魂の方は私でも。もしやにひかされて思い決したというわけなのさ」
 トオサンは告白を終って、冬まぢかなころだというのに、ツルリと手でなでて額の汗を払ったそうです。こんなに汗をかくとは思わないの
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