現はないんじゃないかと思われます。

          ★

 日野は自分がタダメシを食うばかりではと気に病んでかお金持の法本重信をつれてきました。もっとも法本は金づかいがキレイの方ではありません。女中にチップをはずんだこともありませんし、お酒なぞも飲める口でありながら酔うほどは飲まないタチでした。
 法本は経済学の博士だか教授だかの子供で、これを出藍のホマレと申すのかも知れませんが、ぼくらと同年輩でありながら、株で七八百万もうけたそうです。人によっては千万以上とふんでる者もおります。それをまた株でするようなバカはしません。自動車と家を買ったのですが、それを売って、また、もうけました。それが病みつきでブローカーを開業し、さるビルディングに然るべき事務所を持ってるのです。日野はここへ出入りして、時々なにかにありつかせてもらっていたようですが、タダメシに毛の生えた程度のものらしかったようです。
「これぐらい忠実にやってんだから、オレの事務所で働けよぐらいのことを云ってくれてもよさそうだと思うんだけど、云ってくれないのでね」
 と日野はぼやいていました。彼は法本を社長とよんだり先生とよんだりしていました。なぜ先生かと申しますと、彼は一流のファシズムを信奉しており、その共鳴者が七人いました。そのファシズムは皇室中心主義の右翼とは関係のないもので、権力主義のファシズムです。全てを動かすものは金であるという徹底した金銭中心主義の宗教団体のようなものだと日野は云っていましたが、彼自身もその理論になかば共鳴していたようです。もっとも法本の事務所に働いている人たちは七人の共鳴者のうちの何人かですから、彼も八人目の共鳴者になってその事務所で働かせてもらいたい下心によるもののようでしたが、法本は彼を共鳴者と認めてくれぬ由です。ところが日野は単に打算のせいだけでなく、かなり本心から法本の理論に傾倒している傾きがありました。彼が法本をかなり偉い人と認めていたことは確かです。
 二世のセラダがウチへくるようになったのは法本が彼をウチへよんで何かの商談をやったからです。その当日はこの商談の席に加わるために、日野もよばれてウチで待機していました。彼はどこで借りてきたのか金ガワのロンジンの腕時計をつけ、上等のネクタイに真珠のネクタイピンをさしていました。元子爵の令息としてセラダにひきあわされること
前へ 次へ
全37ページ中7ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
坂口 安吾 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング