ね。木石じゃアないから、仕方がないよ。しかし、寒いな」
 秋でした。日野は座ブトンをしいて外套をひッかぶって寝てみたのですが、隙間風がたまらないから、外套をきて壁にもたれて坐り、膝の上にも座ブトンを当て腕をくんで睡りましたが、案外にも夜が明けるまでそのカッコウで睡ることができたそうです。
 トオサンが日野をシンから信用するようになったのは、その一夜の出来事が判ってからです。さすがに育ちだなアと全然斜陽族にきめこんでしまった次第ですが、オレの若いころはそんなことはできなかったものだというのがトオサンの述懐で、そう云われてみると、ぼくなぞもできない方かも知れませんが、しかしこれは日野がずるいせいなんです。
 奴は全部計算の上でやった仕業に相違ありません。八千代サンは洗いざらい人に喋ってしまうタチですから、その一夜の出来事がトオサンはじめ一同に筒ぬけになるにきまってるのを見ぬいた上での演技なんです。日野にとってはトオサンの信用を得ておくことがまだ処世上必要ですから、慾情をギセイにしても、トオサンの気に入るようにすることが得策だと計算したにきまっています。奴が八千代サンを愛してるのは確かですが、それは決してこの一人の女というような愛情ではなくて、肉体をもとめているだけの愛情にすぎないのです。
「八千代サンのオッパイはまだ小さくて堅いね。発育不完全というよりも、ちょッと不具者の感じだな」
 というようなことをふだん云ってたのですが、そんな云い方は無関心でも云えないし、軽蔑の念がなくても云えない性質のものだろうと思います。ですから彼が八千代さんに肉慾的な執着をもっているのは明白なんですが、トオサンの信用を得ておくためには、その執念を抑えることができる奴です。トオサンの信用を得ておく利益と云えば週に二三回ライスカレーにありつくだけのことなんですが、それでも一夜の肉慾よりはマシと見るところに彼の計算法の独自さを見るべきです。これは普通の人間にはできません。乞食根性が身にしみついているのです。生活の最低線を押えておこうという心の働きは誰にもあるかも知れませんが、奴のはその最低線がタダメシで、その週に二三回のタダメシのために愛慾をギセイにできるというのですから、まるでタダメシに身を売っているようなものです。働いて生きぬく人間の誇りなぞはないのです。シンからの乞食根性と云う以外に適当な表
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