人根本中堂の前に残って敵の押し寄せてくるのを待っていた。
押し寄せた敵軍のただ中へ躍りこみ、大ナギナタを水車の如くにふり廻し、槍ブスマの如くにくりだす。その延びるときは百尺の鉄槍の如く、さッとひいて縮むときには一尺五寸の小鎌のようである。横に振えば一度に三十五人の首をコロコロと斬り落し、そのナギナタを返すトタンに三人の胸板を芋ざしに突いて中空へ投げすてる。手もとを一廻転したナギナタは同時に後方の敵を十五人なぎ倒し、前方では同じ数の敵の首をコロコロと打ち落している。左へ走り右へ廻り、林をとび、伽藍をこえ、あたかも千本の矢が入りみだれて走っているように叡山を縦横にはせめぐって寄せくる敵をバッタバッタと斬り払ったが、ついに、根本中堂をとりかこむ広場は首と胴を二ツにはなれた敵の屍体でうずまって、石も土も見ることができなくなり、足の踏み場がなくなったから仕方がない。もはやこれまでと谷を渡って、落ちのびた。山伏に姿を変えて諸国をまわり、この山奥の手長神社に住みつくことになった。
しかし、日本中の史書や軍書をひもといても、調多羅坊はでてこない。それどころか、とにかく一人の山法師がナギナタをとって
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